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2022年4月 3日

原初の精神 -アフリカ近代史・現代史- モロッコ[3]

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原初の精神  -アフリカ近代史・現代史- モロッコ  [3]

Primordial spirit 
- African modern history / present history - Morocco  

第3回  ワッタース、サアド、アラウィー朝まで

■弱体王朝ワッタース朝

マリーン朝の滅亡後、1472年にワッタース朝フェス王国が成立しました。
ワッタース朝は時期としては、大航海時代の初期にあたり、タンジェ、ララシュ、アザンムールと、ポルトガルに次々と都市を攻略された弱体な王朝でした。
ワッタース朝ではキリスト教勢力に対抗する措置として、シャリーフやスーフィ教団長の役目が重視されました。

マラケシュ 市場
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■サアド朝によるアガディール奪還

弱体化したワッタース朝に代わって盛り返したのが、スーフィー王朝のサアド朝です。
スーフィー教団で開祖のムハンマド・カーイムはポルトガルにジハードを宣言します。
彼の死後もサアド朝は攻略されたアガディールなどを奪還、ワッタース朝を滅ぼし、オスマントルコ帝国をしりぞけました。

モロッコのモスク
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■ポルトガル軍を破るサアド朝

サアド朝は、1578年に後継者問題に乗じてポルトガルの国王セバスティアン1世がモロッコに進軍したが、アルカセル・キビールの戦いで侵攻してきたポルトガル軍を破り、セバスティアン1世は戦死しました。


スパイシーなスープ
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モロッコ のサアドはスルタン マンスールの時期最盛期わ迎え、サハラ超えし、西アフリカの都市トゥンブクトゥ支配します。
サハラ遠征はモロッコとサハラ双方に様々な文化交流を引き起こし、サハラにはマグリブの学問文化が伝えられました。この時期、弱体化したモロッコが多いに勢いを盛り返した時期と言えます。
彼の死後サアド朝も後継者争いにより弱体化します。

珍しいメクネスの日時計
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■アラウィー朝  スルタン・イスマーイールによるメクネス建設

1660年にアラウィー朝が成立します。アラウィー朝もサアド朝と同じくスーフィー王朝で現在でも続いているモロッコの王朝です。

アラウィー朝の中でも権力を発揮したのが、スルタンイスマーイール(ムーレイ・イスマーイール・イヴン・シャリーフ)で、モロッコ最盛期を築き軍事的成功をおさめます。彼の黒人親衛隊(又はアビド・アル=ブハーリー)という黒人奴隷を頼りとした強力な軍隊の創設により、政権基盤の強化を行いました。

メクネスを作ったスルタン・イスマーイール
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彼はメクネスに遷都しモロッコ に平和をもたらしたとも言われますが、一方で彼の残酷さと厳格さから、ヨーロッパ諸国からは血まみれ王(bloody king)」、また母国では「戦士王(Warrior King)」と呼ばれていました。

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Wikipedia より
イスマーイールはサレとラバトに拠点とする海賊船の艦隊を支配し、彼らが地中海と黒海での襲撃を通じて彼にキリスト教徒奴隷や武器を供給していた。彼は特にフランス王国、グレートブリテン王国、スペインといった海外の強大国と重要な外交関係を樹立した。そのカリスマ性と権力の大きさから同時代のルイ14世と比較されることも多く、イスマーイールはその残酷さと即決裁判の厳格さから、ヨーロッパ諸国では「血まみれ王(bloody king)」との渾名がつけられた。また母国では「戦士王(Warrior King)」として知られている。
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モロッコ名産アルガンオイルの実
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彼はメクネスに遷都後、古い建物を片っ端から壊し、数多くの壮大な宮殿、庭園、記念碑的な門、モスクや40km超におよぶ壁などを含む、巨大な城塞と宮殿作りに取り組みます。

同じ時代にヨーロッパで太陽王として君臨したルイ14世のエリザベス宮殿に対抗したとも言われています。

1727年にイスマーイールは病死ししました。

2022年2月 5日

原初の精神 -アフリカ近代史・現代史- モロッコ[1]

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原初の精神  -アフリカ近代史・現代史- モロッコ  [1]

Primordial spirit 
- African modern history / present history - Morocco

モロッコは数多くの王朝が興亡したムスリムの国でアフリカ北西部に位置する立憲君主制の国家です。
西は大西洋、北は地中海、南東はサハラ砂漠、中央にはアトラス山脈がそびえています。

アトラス山脈はサハラ砂漠の熱風を遮るとともに、地中海の湿気で雨をもたらすことで、モロッコのあるマグレブ地域の住民に住みやすい環境を提供しています。

モロッコは1000年以上の歴史を持つフェズ、首都ラバト、マラケシュ、カサブランカ、シャウエン、メクネス、ムーレイイドリス、ワルザザード、エッサヴィラ、タンジェなど歴史のある都市が多数あります。

古都マラケシュ
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モロッコの歴史イスラム教成立の時期と同じですから、エジプトのように紀元前に遡る古さではありません。

今回よりモロッコの歴史と文化を5回に分けてお送りします。
第1回  イスラム教の到来、イドリス朝の成立
第2回  ムラービト、ムワッヒド、マリーン朝
第3回  ワッタース、サアド、アラウィー朝
第4回  近現代  ムハンマド5世、ハッサン2世、ナショナリズムと独立

最終回はモロッコの歴史的に有名な観光都市をいくつかご説明します。

イスラム教の栄華と発展を象徴するかのような、モロッコの歴史をご紹介出来ることを嬉しく思います!

モロッコ ワルザザート
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モロッコ マグレブ料理
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先史時代にベルベル人が現在のモロッコに現れました。モロッコの人口の多くはアラブ人とこのベルベル人が占めており、ベルベル人はモロッコの独立自治を守り、歴史の中で大きな役割を果たした民族です。

紀元前3世紀からベルベル系のマウレタニア王国が栄えました。このマウレタニア王国はローマの支配下で衰退します。
ローマ支配下のモロッコでは、タンジェ、リクソスなどローマ風都市が建設され内陸部で栽培された小麦、オリーブがイベリア半島に輸出されました。しかしながらアトラス山脈以南やサハラ砂漠以南ではローマの影響はほとんど受けませんでした。

マラケシュの市場
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モロッコにイスラームの到来

最初にイスラーム都市が北アフリカに現れたのは、今のチュニジアにあたる地域に建設されたカイラワーン(ケルアン)です。チュニジア中部の内陸部にある古都であり、670年,ウマイヤ朝が派遣した北アフリカ総督ウクバ・ブン・ナーフィーが建設した軍営都市で、マグレブ地方最古のイスラム都市です。

8世紀初頭にはイスラム帝国であるウマイヤ朝が東方から侵攻してモロッコを征服し、モロッコのイスラーム化とアラブ化が始まります。
788年にアッバース朝に対し反乱を起こし、その勢力争いに敗れたアラブ人 ムーレイ・イドリース1世はモロッコの母方の地域に亡命しました。

ムーレイとはイスラム教で「聖者」の意味です。
(イスラム聖者の話はまた別途説明の機会を設けようと思います。)

イドリス朝の建国と伝説

たぐいまれな才能に恵まれ勇敢なイドリス1世紀は、原住民ベルベル人の支持を受け、フェズ  にイスラム王朝を築きました。彼は渾身の力でベルベル人、アラブ人をイスラム教に改宗させます。

イドリース1世はシャリーフという預言者ムハンマドの末裔の家系でした。

フェズは1000年以上続く世界最大の迷宮都市であり、一説によれば神のお告げで生まれた都市と言われています。イドリス1世がフェズを建国した時にこのような伝説があったと言われています。


有名なフェズの染色作業

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イドリス1世がフェズ川周辺に都市の建設の構想を練っていたとき、老人が現れて「この地にはかつてフェズという都があったが、滅んでしまった。やがてイドリスを名乗る男がやってきて町を再建するでしょう。」と告げたことで、彼は「この町の再建が神から与えられた私の使命であり、アッラーの名のもとにこの町をフェズと名付けよう。」と、決意したといわれています。


イドリス1世が亡くなったあと、彼は自分の作ったイスラム教の聖者の街「ムーレイイドリス」の霊廟に埋葬されました。今でもこのイスラム教の聖地は緑の街と言われて、山奥で神秘的な雰囲気をたたえているそうです。

フェズの大発展

その息子ムーレイ・イドリース2世の時代にフェズは正式に首都となります。チュニジアやスペインから新しい移住者を受け入れました。
街の中心にはフェズの建設者イドリース2世の霊廟(「サヴィア・ムーレイ・イドリス廟」)があり、国中から巡礼者があとをたちません。巡礼者はバラカ(神の祝福)を得ようとして、墓に近づいて祈願し、子育てや結婚祈願をするのでした。

イドリース2世のもと、フェズはイスラム諸学の知識人が集まるモロッコの芸術・文化・学問の中心地として繁栄し、マドラサという学校も作られました。
フェズは驚異的な発展を遂げ、857年から859年にかけてカラウィンモスクが設立されました。
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2022年1月 5日

『バラカ』(神の恩寵) "البركة"


モロッコ  マグレブ料理で、輝かしい北アフリカ イスラム王朝の1200年の歴史を見た‼️


『バラカ』(神の恩寵) "البركة"

    「私達は自由と独立に向かっている」


あけましておめでとうございます。

『原初の精神 』アフリカ史を連載していますが、
来月からいよいよモロッコ史(全5回)をお届けします。

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モロッコ の輝けるイスラム王朝の興亡と、植民地からの独立の歴史、そして美しい都の成り立ち、スルタンの活躍を一通り記事を書かせて頂き、本当に感動が込み上げて参ります。

フェズ
マラケシュ
カサブランカ
ムーレイイドリス
ラバト

今日はモロッコ 史を書き上げたお祝い❓に家族で
都内でマグレブ料理パーティー🎉でした。

今年もモロッコ を初めとしたアフリカ諸国の独立の軌跡をご紹介することで、その精神を学んでいくきっかけになれればと存じます。

皆さまにも『バラカ』(神の恩寵)البركة
が降り注ぎますように!

何卒本年も宜しくお願い申し上げます。


⭐️アフリカ大陸上陸  大遠征の日が来る‼️⭐️

「Alandalus」江古田 モロッコ マグレブ料理

タジン鍋 
アツアツの牛肉鍋とチキン鍋。スパイシーでパンに合う
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ミントティー 
とっても香りが良くて皆な気に入りました
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店内は優しい日差しとモザイク
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カサブランカはあの映画の地
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色鮮やかなモロッコのガラス瓶
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2021年10月 3日

原初の精神 -アフリカ近代史・現代史-

africa-map.jpg← Freepik - jp.freepik.com によって作成された logo ベクトル

今月よりアフリカ近代史・現代史の連載をお届けします。

Primordial spirit 
- African modern history / present history -

アフリカの文学の子供の絵本の中で、今泉慶一さんの「或る猛獣の運命」にこんな内容がありました。少しだけ内容をご紹介しましょう。

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セネガル生まれのチーターは、足の鍛錬を怠り、しかも年と共に足の衰えが顕著になりました。大好物のトムソンガゼル (カモシカみたいな動物)  を捕らえられなくなり痩せ細って困っていました。

その時突然黒い雲とともに人間の老人が現れ、チーター語で笑いながら言いました。

「わしはお前みたいなやる気のない奴が好きじゃ。死なせるのは惜しい。そこでどうじゃ、わしに頼んでみないか。」
「お前の肉体を改造することは出来る。つまりパワーアップ、筋肉強化じゃ」

自称万物の創造者の年寄りはチーターに、
「若い頃の最高速度200キロで走れるようにしてやろう」と言ったのです。

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年寄りは彼の頭に手をやり、「パワーアップ!」と唱えました。すると彼の四肢はみるみる筋肉が盛り上がって来て見違える身体になったのです。

年寄りは石を、トムソンガゼルに変え追いかけるように言いました。怠け者だったチーターはトムソンガゼルを急に追いかけたため、急に足がもつれて転んで、そのまま絶命してしまいました。

ハッハッハ!わしの思う壺じゃ。

その年寄りは神は神でも死神だったのです。

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この老いたチーターの物語を読んできっと多くの方が、純粋なチーターを騙して死に追いやった男に憎しみを覚えたでしょう。
歴史はいつも純粋な者を騙して掠奪する、狡猾な策略家が天下をとるように見えます。
果たして純粋な精神が負けるのでしょうか...

■アフリカの抱える問題

アフリカは差別と貧困に耐えつつ粘り強く、着実に自由への道を開いています。むしろアフリカは援助ではなく投資すべき国として中国や欧米諸国が注目しているのです。1970年代に多数の国が欧米諸国から独立を果たし、大きく経済成長を遂げメディアの報道するアフリカとは大きく変わりつつあります。

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一方でテロ組織や過激派勢力の影響が根強く、ついこの前もナイジェリアのボコハラムのトップが自爆死し、やっと北アフリカイスラム武装勢力の一つが弱まりつつあります。ナイジェリアはGDPは高いものの石油の利権獲得の盗難や汚職が蔓延し過激派組織の温床になりました。
過激派組織によるテロや掠奪と暴力は現代アフリカにおける根深い問題であり、有名観光地や世界遺産にもかかわらずサヘル地帯は危険地域に指定されているため渡航ができない国々があります。

■世界最悪の現代奴隷大国  モーリタニア

例えばモーリタニアという国は『無給で働く奴隷』が、今だに45000人もいるそうです。(アムネスティインターナショナルの報告書による)
同国は1980年に公式には奴隷制が廃止されました。ただしその後も実態として虐待を伴う奴隷制は続き、無給でなくとも、若干の賃金が与えられているだけとの指摘もあります。
モーリタニアは、全世界の人口の中で奴隷の割合が最も高く人口の20%だそうです。

アフリカの成長は金、ダイヤモンド、石油、鉄鋼、象牙など一次産品に支えられてきたので、「雇用なき成長」であったとも言われています。

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■マスコミが伝えない超激変のアフリカ

然しながらこの数十年でアフリカ諸国が激変したのも事実です。
ほとんどメディアは成長したアフリカの姿を伝えておらず、今でもアフリカに対し貧困と飢餓に苦しむ画一的イメージを拭えません。
本当の事を言うと、歴史と個性豊かな文化を持つアフリカはユニークでとっても面白い国ばかりです。

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<ケニア独立以来最大のインフラ開発プロジェクト>
例えばモンバサ・ナイロビ鉄道ですが港湾都市モンバサから首都ナイロビを経て、マラバを結ぶ840km。

建設資金の9割を中国が出資し、わずか3年半の工事で完成し中国の一帯一路政策の一つと言われています。
インド洋に面したケニアは、まさに東アフリカの貿易と経済の中心であり、その中でもモンバサは東アフリカ最大の貿易港で物流の拠点です。

このケニアを中心鉄道網が完成することで東アフリカは劇的に旅行しやすくなると言われています。バックパッカーの旅行好きには朗報ですね!

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■進化した先端技術

近年のアフリカでは、『リープ・フロッグ現象』といい、電気や水の通らないところでスマホ利用の急増に伴うスマホ決済が増えているそうです。
本来なら水道、電気のインフラ整備が先なのですが、スマホの急速な普及で、固定電話やインフラ整備を後押しししている状況だそうです。固定回線の整備を国の隅々に敷くより、スマホをつなぐ設備を作る方が低コストなのです。

サバンナでもスマホ!

このリープ・フロッグ現象によりケニア成人男性の納税率まで上がり、先端技術を使い段階的発展ではなく、一足飛びに発展しました。他にもアフリカ諸国では、Uberやドローンによる移送、大規模ショッピングモールが現れるなど新しい発展の姿が見られます。

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■国立公園(ナショナルパーク)自然保護区

アフリカは広大な国立公園、自然保護区が多数あります。

有名なところですと、
セレンゲティ国立公園、マサイマラ国立公園、アンボセリ国立公園、ナクル湖国立公園、ンゴロンゴロン自然保護区、エトーシャ国立公園、チョベ国立公園などなど。

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例えばタンザニアのセレンゲティ国立公園の広さは東京圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)を合わせた1万3404km2よりも広い、1万4763km2  ですから、その広さが想像できるでしょう。マサイ語で「果てしなく広い」 という名の通りで、草を求めて毎年数百キロにも及ぶヌーの大移動で有名です。

アフリカの国々の歴史を見ておりますと、もしかしたら自分と縁があるような国があるかもしれません。それでは早速アフリカ独立運動から近代現代の歴史をみていきましょう。来月第一回目は『アンゴラ』です。

現代アフリカを「絶望のアフリカではなく、希望のアフリカ」と伝える人がいましたがまさにその通りです。そこには暗黒の時代と、光り輝きだしたアフリカの両面があると思います。

#アフリカ資源大国 
#アフリカ経済 
#部族対立  
#独立運動  
#フェアトレード  
#アフリカ学校教育 
#資源レント 
#資源の呪い 

---------   この論文を書くにあたり、見えない世界より
多くのインスピレーションを
頂きましたことに深く感謝します