2021年9月 5日

名著に学ぶ『ギャーナヨーガ 』(12)

etosya.png← Etosha National Park is a national park in northwestern Namibia of Southern Africa.

名著に学ぶ『ギャーナヨーガ 』(12) 

 こんにちは。今日は薄曇り、気温は一週間前より10度下がっています。急に涼しくなりましたね。

 ローズガーデン自然生活は、読書に少し力を入れています。新しい本を読むのが楽しい日々です。

速読力が身についてかたっぱしから本が読めたら、楽しいでしょうね。
この前は本を8冊くらい断捨離して爽快でした。
古い本を断捨離して、最新の情報をバンバン取り入れたいです。

今月もスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著 『ギャーナヨーガ』 (知識のヨーガ) を学んでいきましょう。



『ギャーナヨーガ』

『アートマン、その束縛と自由』(P263-266より引用)

asagao4.jpeg...われわれがおこなう一つひとつの働きは、われわれが思う一つひとつの思いは、心の中にサンスクリットでサムスカーラとよばれる印象をきざみ、これらの印象の総計が、「性格」とよばれる巨大な力となります。

asagao4.jpeg...この力がつきたとき、それはおわります。そのようにして心がおわるとき、サムスカーラをまったくのこさないで心がこなごなになってしまったとき、われわれは完全に自由になるでしょう。そのときまでは、われわれはしばられているのです。それまでは、アートマンは心という竜巻におおわれており、自分は場所から場所へとつれまわされているのだ、と想像しているのです。

asagao4.jpeg...自分の口から糸をはいてまゆをつくり、ついにそのまゆの中にとじこめられたことを知るカイコのように、われわれは自分のおこないで自分をしばったのです。自分のまわりに自分のおこないのあみをはってしまったのです。因果の法則をはたらかせ、それをやぶることができないのを知るのです。車をうごかして、その車の下にひかれているのです。このように、この哲学は、われわれはよいにつけ、わるいにつけ一様に、われわれ自身の行為によってしばられているのだ、ということをおしえています。


--------------------------------------------
【本書の感想】

「口から出た糸で作られたマユに閉じ込められた蚕」 のたとえがありました。

病気、倒産、いじめ、貧困、失恋、人間関係などなど個人的な不幸もさることながら、戦争やコロナウイルスや、国家の破綻、難民のような不可避の問題もこの蚕のマユのようなものかもしれません。


「心がこなごなになってしまった時」

この一節も意味深いです。

完全な自由になるためには心がこなごなに砕ける必要があると書かれています。心の不思議な仕組みは極めて逆説的で、強く念じれば自由になるわけではないのでしょう。

聖書の中にも「砕けた魂」という文があります。 

... 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。(詩篇五一・19)

「砕けた魂」と訳されている原語(ヘブライ語)は、シャーバル といって「砕く、壊す」という意味を持っているそうです。

本当に強いのは内なる真理、内なる真実であって、それ以外のものと格闘することは多分に時間の浪費、無駄なことと言えると思います。

⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
『ラーラ・ジャパン』
日浦裕次先生の公式ブログ
https://rara-japan.hateblo.jp/
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda


 Namibia of Southern Africa
namibia_s.jpg

4687140_s.jpg

2021年7月 4日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(11)

IMG_7900.jpg
←Victoria Falls is a waterfall on the Zambezi River in Southern Africa.

名著に学ぶ『ギャーナヨーガ 』(11) 

こんにちは。ローズガーデン自然生活です。
もうすぐ東京オリンピックですね。今年のオリンピックはどうなるのかとても楽しみです。
世界中から東京にいらした皆さんを歓待をしたかったのですが本当に残念ではあります。

大きな世界大会を目前にして、私は少しアフリカ、中東ドバイ方面に関心を持っています。国際テロや独立戦争、深刻な貧困を抱えつつ、数十年前の彼の国のイメージとは劇的に変化した国もあるそうです。日本から遥か遠い国ではありますが、私達に何を教えてくれるのでしょうか。

今月もスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)』を学んでいきましょう。


『ギャーナヨーガ』


『アートマン』(P257-258より引用)

asagao4.jpeg...そして、彼が山々谷々がしまわり、あらゆる小川、あらゆる寺院、あらゆるの にある。もう一かたまりの雲がやってきて、これをおしのけ、そのあとにおさまります。さらにもう一つかたまりがやってきて、それをおしのけます。永遠の青空の前に、さまざまの色あいの雲がきてはしばらくとどまり、やがてきえさりますが、あとにふたたびあらわれるのは、前と少しもかわらない、永遠の青空です。それとおなじように、みなさんは永遠に純粋で、永遠に完全なのです。

asagao4.jpeg...どうして私が非活動的であり得ましょう。全宇宙の生命を生きているのは私です。私にとってどこに死などがあり得ましょう。私はいっさいの生をこえ、いっさいの死をこえています。どこに自由をさがしもとめるのですか。もともと自由に生まれついているのに。誰が私をしばることができるというのですか----この宇宙の神を?

asagao4.jpeg...この「差別」を絶滅おさせなさい。多数がある、というこの迷信を絶滅おさせなさい。「この多の世界の中にその一者を見る者、この非情のかたまりの中にその一つの有情の存在を見る者、この影の世界の中にその実在をとらえる者、永遠の平和は彼のものだ、他の誰のものでもない、誰のものでもない」これらが、インドの宗教思想が神についてあゆんだ三つの段階のいちじるしい特徴です。

--------------------------------------------
【本書の感想】

...  雲がきてはしばらくとどまり、ふたたびあらわれるのは永遠の青空

永遠の青空のような心。こんな素敵なフレーズを読んだら、いつも心は澄み切った青空でいたくなりますね。

青空をジーっと見ると未来が見えるという話を聞いた事があります。この前芝生の上で寝転んで青空を眺めたら、進化して便利なAI社会のイメージが見えました。
進化した国でAI技師の仕事をしたら素敵だな。。

皆さんは青空をジーっと見て何が見えますか?

⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
『ラーラ・ジャパン』
日浦裕次先生の公式ブログ
https://rara-japan.hateblo.jp/
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

Victoria Falls and Cape Town in Southern Africa.
IMG_7901.JPGIMG_7899.JPG

2021年6月 2日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(10)

hawaii.jpg

味覚変化?

こんにちは。6月に入り昼間はずいぶん気温が上がり千葉県は真夏日のよう。最近は暑くて冷房をつけておりますが、皆さまはいかがおすごしでしょうか。

先日実家で、両親が食後に私の血糖値を測ってくれました。私は、正常値の範囲内ですが、かなり高めでした。親が心配して、お菓子の食べすぎや糖質を控える話をしてくれました。

実は大の甘党で甘いものは無限に食べれるタイプなのです。

熟達したヒーラーは病気を光で治癒しますが、私はまだまだヒーラーの入門者レベルで、まだ食生活の影響を受けます。太り過ぎは骨を弱くし関節にも負担がかかりますから偏食は要注意なのです。

ところが血糖値を実家で測った数日後、急に味覚に変化が起きまして、甘いものが殆ど興味がなくなりました。

味覚変化?まさかのコロナ?

いえいえ、その代わりお煎餅やポテチが美味しくて代わりにバリバリいけますから違うと思います。

無限に食べれたケーキが興味が無いという。。。

ただただびっくりしてしまいました。なんで甘いものが殆ど興味がなくなのでしょうか!?

誰か答えを教えて下さい。


『ギャーナヨーガ』

『アートマン』(P254-255より引用)

asagao4.jpeg...すべての無知な者たちが宇宙としてながめているところのものは、実際には存在してはいません。では、みなさんや、私や、私たち一同がながめているこれらいっさいのものは一体何なのでしょうか。単なる自己催眠です。そこにあるのはただ、唯一の実在、無限なる者で、永遠に祝福された一者のみです。その実在の中で、われわれはこれらすべてのさまざまの夢をゆめみるのです。

asagao4.jpeg...それは、あらゆるものから、その名と形をとり去ったものなのです。テーブルからその形をとり去ってごらんなさい。その名をとり去ってごらんなさい。あとにのこるのがそれです。ヴェーダーンティストはそれを彼とか彼女とはよびません。彼とか彼女とかいうのは虚構、人間の頭脳の妄想です。魂には男女の別はありません。

asagao4.jpeg...物質的なのは名です、形です。身体です。そしてそれらが、このいっさいの差異をつくるのです。もし名と形というこのふたつの差異をとり去るなら、全宇宙は一つです。そこには二つはありません。どこに行っても一つです。みなさんと私は一つです。そこには自然もなければ神も宇宙もありません。あのひとつの無限の実在があるだけ、そこから、名と形によってこれらすべてのものが作り出されるのです。


-------------------------------------------
【本書の感想】

もし名と形というこのふたつの差異をとり去るなら、全宇宙は一つです。

名前も形も無い世界、全てが一元の世界ということでしょうか。私達を取り巻く全ては、大いなる御技の中にあるということなのか。。。
万華鏡のように私の心を映し出す鏡の中を生きているような気がします。

⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
『ラーラ・ジャパン』
日浦裕次先生の公式ブログ
https://rara-japan.hateblo.jp/
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒⌒*⌒*
★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

Hawaii 
plumeria-790600_640.jpg
hawaii-975623_640.jpg

2021年4月 4日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(9)

islam.jpg【5月の『名著に学ぶ』はお休みさせて頂きます】

こんにちは。ローズガーデン自然生活です。あっという間に4月に入りました。
皆さんは、今年前半はどのようなスタートとなりましたでしょうか。

今はまさしく節目の時期なのか、世界中から新しいことが再生しつつあるように思います。

私は内側から興味のあることが次から次に出てきて、収拾がつかない状態です。
全部に挑戦していたら時間も体力も足りません。なぜこんなにクリエイティブ(創造的)になるのかわかりません。

節目の時期こそ冷静に自己分析をして、次のステージへの手を打ちましょう。ともに人生戦略を練り直してみませんか。

今月もスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)を学んでいきましょう。

『ギャーナヨーガ』

『魂の自由』(P194より引用)

asagao4.jpeg...「私は死もおそれも知らない。私は階級も信条も持っていない。私は父も母も兄弟も持たない。友も敵も持たない。なぜなら私は絶対の、実在・知識、そして至福であるから。私は至福にみちた者である。私は至福にみちた者である。私は徳にも悪にも、また幸と不幸のいずれにもしばられない。巡礼や書物や儀式は決して私をしばることはできない。私は飢えもかわきもしない。肉体は私のものではない。私は肉体にやってくる迷信やおとろえにも支配されはしない。私は絶対の、実在・知識、そして至福である」


asagao4.jpeg...これが、われわれがとなえるべき唯一の祈りである、とヴェーダーンタは言います。これが、目標にいたる唯一の道なのです。われわれは神聖である、と自分にも、また他のあらゆる人びとにも言ってきかせることです。われわれがこれをくりかえしつづけて行くうちに、力がやってきます。最初は口ごもる者もしだいにつよくなって声量はくわわり、ついには真理がわれわれのハートを占領し、血管をながれて全身に浸透するのです。光が輝きをますにしたがってまどわしはきえるでしょう。無知からくる重荷は、一つまた一つと消滅するでしょう。そしてやがて、他のいっさいのものはきえて、ひとり太陽だけが光り輝くときがくるでしょう。


-------------------------------------------

【本書の感想】

無知から来る重み...
うーん、耳痛い言葉ですね(゚∀゚)
無知、無明の重みは、山程体験しました。

今も無明はまだ沢山抱えていますし、サントリーニハウスを作ったくらいでは、この重みは取れないです。

さて本章では、しばし「至福」という言葉が使われます。
「至福に満ちた人」とはどのような人間なのでしょうか。
私は至福にみちた者である。私は徳にも悪にも、また幸と不幸のいずれにもしばられない。

という文がありますが、病気、貧困、離婚、倒産などなど様々なる不幸が押し寄せても、常に内なる真我と一つであることで、いつも至福で平安でいることができるのですね。

精神的にも、肉体的にも、能力的にも、
強靭になっていく、至福の存在に向かっていく...

本書の中に「強さ」に向かうヒントが沢山あるように思います。

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。

🍀「ラーラ・ジャパン🍀

日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。
時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

ウズベキスタン タシケント
IMG_7439.jpg
IMG_7434.JPG


2021年3月 8日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(8)

greece-2403950_640.jpgこんにちは。ローズガーデン自然生活です。

最近部屋の模様替えをしまして、家具や家財を白一色にしてしまいました。
あの、地中海のサントリーニ島のイメージを自分の部屋に作れないかと思いまして。

二週間ほど頑張ってなんとか部屋は真っ白になりまして、明るく輝きを増した部屋に満足しています!

この真っ白い部屋は、地中海パスタがおいしいです。アラビアータやイカ墨パスタ。。。

部屋を真っ白にして、心も真っ白にクリアにして、これからまた頑張ろうと思います。


引き続き、スワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)』を学んでいきましょう。


『ギャーナヨーガ』

『多様性の中の単一』 (P160-165より)


(本書P160より引用)
asagao4.jpeg...無限者は、無限であるものの中にのみ探求されなければなりません。

(中略)

asagao4.jpeg...見る者、これらすべてのものが属しているところの彼、人の魂、内なる人の中にあってめざめている彼、ひとり彼のみが、無限なのです。そして、この全宇宙の無限の原因をさがすためには、われわれはそこに行かなければなりません。無限の魂の中にのみ、われわれはそれを見いだすことができるのです。


(本書P163-164より引用)
asagao4.jpeg...彼の不幸は感覚世界のことにかぎられています。もし十分の食物が得られなければ、彼は不幸です。しかし彼に十分の食物と、うごきまわって狩をする自由とをあたえてごらんなさい。それで彼は完全に幸福です。彼の幸福は感覚のみからなりたっているのです。彼の不幸も同様です。


(本書P165より引用)
asagao4.jpeg...みなさんは、はるかに多くの楽しみを持っておられます。しかし、もっと少ない楽しみしかもっていない人びとは、もっと少ない不幸ですんでいるのです。考えている理想がたかければたかいほど、楽しみも大きく、そして不幸もより深刻であると言いきってさしつかえありません。一方は他方のかげのようなものなのです。

(本書P165より引用)
asagao4.jpeg...同時に、ヴェーダーンタはこう言っています、「善と悪とは二つのもの、二つの別々の実体であると思うな。それらは同一のもの、それがさまざまの程度に、またさまざまのすがたにあらわれておなじ心の中にことなる感情を生じさせるのだ」と。それゆえ、ヴェーダーンタの最初の思想は、外界の単一性の発見です。あらわれの中でどのようにさまざまのすがたを示していようとも、唯一実在がそこにそれ自身をあらわしているのだ、ということの発見です。


-------------------------------------------

【本書の感想】

今回はとても意味深な内容が沢山ありました。「無限者は、無限であるものの中にのみ探求されなければなりません。」
無限の世界を知るには、自らも無限なるものと同じでなければならないのですね。
有限の肉体の中で、無間の世界を知ることは出来ないということなのでしょう。
肉体という殻を脱ぎ捨てることは、果てしない修行の道のように思います。

あと、先ほど私が、真っ白な内装の部屋を作った、と申しましたが、真っ白な部屋を作れば作ったで、こんどは汚れや埃がよく目立つのです。今まで以上に部屋の汚れは浮き立って見えます。
浄化した世界に行けば行くほど、一方で不幸というものはより深刻なものに感じられる。結局善悪幸不幸が人生から完全に消えるということは無いのかもしれません。

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。

🍀「ラーラ・ジャパン🍀

日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda


img_hawaii2.JPGimg_hawaii3.JPG

2021年2月 5日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(7)


narenddra.PNG
こんにちは。ローズガーデン自然生活です。
私はエスニックレストランや雑貨屋に行くのが好きなのですが、最近は都内に用事があったついでに、チベット料理屋行きチベット茶を飲みました。

お店の中は、仏像やチベットの本が並び、チベット仏教の独特の芸術観が表れておりました。

その店内の小冊子には、こんな文書が載っていました。

「知識を求めよ、たとえ遠い中国であろうとも 」 
アラビア語

「暴力は弱者の武器であり、非暴力は強者の武器である」
ガンディー

「人は何かを失ってこそ学ぶものである」
ヒンディー語

アジアの信仰心は本当に素晴らしいと思います。イスラム教も、仏教も、ヒンズー教も、聖典の中に賢人の叡智が溢れています。古今東西、世界中にちりばめられている叡智を、歴史や聖典から学んでいきたいです。

いつもロマンを求めていきましょう!
ロマンが無くなった人生はなんて寂しいものでしょうか!


引き続き、スワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)』を学んでいきましょう。


『ギャーナヨーガ』

『あらゆるものの中の神』
(P133-134より引用)


asagao4.jpeg... 原子と原子は別々のものというこの考えから、すべての不幸はうまれてくるのです。しかしヴェーダーンタは、このはなればなれは実在しない、ほんものではない、と言います。それは単に、表面のみせかけなのです。ものの心には、なお単一性が存在しています。


asagao4.jpeg... もしあなたが十分にふかくはいるなら、すべては一者の変化にすぎない、ということがわかるでしょう。そしてこの一者の概念に到達した人は、もう妄想はいだきません。何が彼をあざむくことができますか。彼はあらゆるものの本性を、あらゆるものの秘密を、知っているのです。彼にとってもはやどこに、不幸などがありますか。彼が何をほしがりますか。彼は一切のものの本性をさぐって主にまで、中心にまで、一点にまで達しました。そしてそれが、永遠の存在、永遠の知識、永遠の至福なのです。


asagao4.jpeg...  この無知の世界、無知からうまれたこの世界を実在だと思って崇拝している人びとは、やみの中を手さぐりしているのです。そして全生涯をこの世界にくらし、それよりよいもの高いものをさがしもとめない人びとは、さらに深いやみの中を手さぐりしているのです。しかし、自然のたすけにより、自然をこえたそれを見て自然の秘密を知った人、彼は死を超越し、自然の彼方にあるそれのたすけによって、永遠の至福をたのしみます。


-------------------------------------------

【本書の感想】

「一者の概念」

本書におけるこの文の該当箇所は、あまりに含蓄のある書き方で、読んでいますと、まるで異次元の世界に吸い込まれるかのような世界でした。生悟りの私でも、この「一者の概念」は異次元的な世界に圧倒されてしまいました。
ぜひ、みなさまも一度本書を手に取っていただき、「すべてはひとつ」「完全な統合」「単一性」について、ともに探求できればと思います。(今回は私の説明は不要ですので省略させていただきます。)


☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。

🍀「ラーラ・ジャパン🍀

日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

トルコ セラミックの器
IMG_7186.JPG

トルコ イスタンブールのモスク
IMG_7185.JPG

2020年12月11日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(6)


narenddra.PNG
こんにちは。ローズガーデン自然生活です。
今年もあっという間に師走が訪れ、街はクリスマスのイルミネーションが輝く時期になりました。
今年は世界中が一変した激動の一年でした。その激動の時代にあって、思うように前進できない私たちは、これまで以上に自分自身を見失いがちです。
しかしながら、わずかな時間でも覚醒の書を紐解きますと深い平和な世界に包まれます。来年も良書とともにありたいです!

引き続き、スワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)』を学んでいきましょう。


『ギャーナヨーガ』

『あらゆるものの中の神』(本書P124-125より)


四つ葉... .われわはあらゆるものを、主ご自身でおおわなければなりません。にせの楽観主義によってではなく、悪に対し盲目になることによってではなく、ほんとうに一切のものの中に神を見ることによって、であります。このようにして、われわれはこの世界を見すてなければならないのです。そして世界が見捨てられたら何が残りますか。神です。

四つ葉... 一切のものの中に、神をごらんなさい。生の中に、そして死の中に、幸福の中に、そして不幸の中に、主はひとしく、やどっておられます。世界は、主でみたされているのです。目をひらいて、彼をごらんなさい。これが、ヴェーダーンタがおしえているところです。

四つ葉... われわれが実に長い間思ってきた世界、われわれが実に長い間しがみついてきた世界は、われわれが自分で創造したにせの世界なのです。それをおすてなさい。目をひらいて、そのような形では世界は決して存在していなかったのだ、ということをごらんなさい。それはゆめ、マーヤーだったのです。存在していたのは主ご自身だったのです。子供の中に、妻の中に、そして夫の中にいるのは彼です。よいものの中に、そしてわるいものの中にいるのは彼です。彼は罪の中に、そして罪びとの中におられます。彼は生の中に、そして死の中におられます。
実にすさまじい断言です! しかしそれが、ヴェーダーンタが実証し、教え、説法しようとしているテーマです。

-------------------------------------------

【本書の感想】

最近自分の周りの人の様相を見まておりすと、呆れかえるほど気狂い地味た人や、あまりに非常識な人がいて「こんな人は許せない」と憤慨したくなることがしばしばあります。(自分のことを棚に上げて人のことをいうのは良くないのですが。。)

しかしながら、先程の「彼は罪の中に、そして罪びとの中におられます。彼は生の中に、そして死の中におられます。」という一節に照らし合せて見ると意外な事に気付きます。

今の時代は狂ってくる程この世の中は苦しみだらけ、不幸だらけ、寂しさだらけだと言うことなのです。著者が言うように、この狂った世相の奥には無限なるものが存在し、何かを教え示しておられるということなのでしょう。脱皮できない蛇は死ぬ、ということなのでしょう。

けして悪に対して盲目になることも、妥協することもなく、苦しみの人生の答えを探していかなくてはなりません。

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★
真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
🍀「ラーラ・ジャパン🍀
日浦祐次先生の公式ブログ
☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。
時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

ニュージーランド テカポ湖
2228474_s.jpg

良き羊飼いの教会
new-zealand-3897604_640.jpg

animals-317094_640.jpg

2020年11月 1日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(5)


narenddra.PNG
こんにちは。ローズガーデン自然生活です。
Go Toが始まりましたね。ローズガーデン自然生活も美しい景色が見たくてうずうずしています。まだまだコロナ禍が続く中、自然の草花、下北沢、代官山などのショップ、夜風に吹かれながらイルミネーションを見てほっとしています。


引き続き、スワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『ギャーナヨーガ』(知識のヨーガ)』を学んでいきましょう。

『ギャーナヨーガ』

第2章 マーヤーとまぼろし


(P.67より) 
四つ葉... このマーヤーはいたるところにあります。それはおそろしいものです。それでもわれわれは、それの中ではたらかなければなりません。世の中がすっかりよくなってから働き、そして至福をたのしもう、などと言っている人の成功率は、ガンガーのほとりにすわって、「河の水が全部海に流れこんでしまったらわたろう」と言っている男のそれと同と程度です。道はマーヤーとともにあるのではありません。それにさからっているのです。これは、学ばなければならないもう一つの事実です。自然は言います、「行って森の中にすめ」と。人は言います、「私は家をつくろう、そして自然とたたかおう」と。そして彼はその通りにします。

人類の全歴史は、いわゆる自然の法則に対するたえざるたたかいです。そしてついには、人がかつのです。内面世界に目をむければ、そこにもまたおなじたたかいがおこなわれています。動物的人間と霊的人間との、光と闇とのこのたたかいです。そしてここでもまた、人が勝利者となります。彼はいわば、自然を脱して自由にいたる彼の道をきりひらくのです。

(P69より) 
四つ葉... 人格神、この宇宙の支配者兼創造者とよばれる、マーヤーすなわち自然の、支配者の観念は、これらヴェーダーンタの観念の最後のものではありません。それはほんのはじまりです。この観念は、成長に成長をかさね、ついにヴェーダーンティストは、いままでそとにたっていると思っていた彼は、ほんとうはうちにいる彼みずからである、ということを見いだすのです。彼は自由な者であるのに、限定によって、自分はしばられている、と思っていたのです。


-------------------------

【本書の感想】

本書では「自然がマーヤーであると知れ、そしてこのマーヤーの支配者は主ご自身である」という言葉が使われていますが、今まで親しみ馴染んできた自然というものが、全く違う側面があることに気づかされます。

自然災害、雷、豪雨、竜巻、これらの畏怖すべき現象の奥にあるものは一体何の力でしょうか。この畏怖すべき力はもしかしたら神々の力かもしれません。素朴な人間たちは、つねに神々にひれ伏し恐れおののく人生であり続けるのかどうか。。。

それはすなわち、「河の水が全部海に流れこんでしまったらわたろう」という小さき自分であるのかもしれません。
生きているうちに本当の覚醒の道に至りたいものです。


☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
🍀「ラーラ・ジャパン🍀
日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

ハワイの果物市場 258381_s.jpg

2020年9月 2日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(4)

narenddra.PNG

こんにちは。ローズガーデン自然生活です。

今年は夏祭りの御神輿も花火も無く少々寂しい夏となりました。COVID-19がもたらした禍は世の中の経済活動や社会活動、娯楽を一気に鎮静化させてしまいました。

来年は楽しい夏が復活しますよう今は辛抱しましょう!

引き続き、ギャーナヨーガ(知性のヨーガ)を読み進めて参ります。


『ギャーナヨーガ』

第1章 人間の本性 (P.45)

『私は彼である』

四つ葉... われわれは、自分がうちに持っているものを外に見るのです。赤ん坊は、うちにどろぼうを持っていないから、外にどろぼうを見ません。すべての知識がそうです。世界の悪とそれのすべての罪のことをはなしなさるな。自分がまだ悪を見なければならないことを、お泣きなさい。自分がいたるところに罪を見なければならないことを、お泣きなさい。そしてもし世をたすけたいと思うなら、それをとがめてはいけません。それを、それ以上よわくしてはいけません。なぜなら、何が罪なのでしょう、何が不卒で、何がこれらすべてのものなのでしょう。よわさの結果以外の何ものでもありません。


四つ葉... 世界はそのようなおしえによって日ましに弱体化されつつあるのです。人びとは子供時代から、彼らはよわくて罪びとである、とおしえられています。彼らに、彼らはすべて、この上もなくよわい者のように見えている者たちさえも、栄光にみちた不死の子なのである、ということをお教えなさい。ごく小さな子供のときから、積極的な、つよい、たすけになる思想を彼らの頭脳にそそぎこむようになさい。みなさん自身、人をよわめ、まひさせるようなものでない、右のような思想を十分にとりいれるようになさい。


四つ葉... みなさん自身の心にむかって、「私は彼である、私は彼である」とおっしゃい。うたのように、それを夜昼心の中にひびかせなさい。そして死のときには、「私は彼である」と宣言なさい。それが真理です。世界の無限の力はみなさんのものです。みなさんの心をおおっていた迷信を、おいはらいなさい。勇敢になろうではありませんか。真理を知り、真理を実践せよ。ゴールは遠いかもしれない、しかしめざめ、たちあがり、ゴールに達するまでとまるな。


**************************************

「赤ん坊は、うちにどろぼうを持っていないから、外にどろぼうを見ません。」というご説明がありました。
大人になってから、一度作ってしまった「内なるどろぼう」は、果たして、どのようにすれば消えるのでしょう。それを悟らなければ人生は苦しみの連鎖のように見えます。
「私は彼である、私は彼である」、これは覚醒に向かうための永遠のテーマです。

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
🍀「ラーラ・ジャパン🍀
日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda


癒しのハワイ
1130738_s.gif1130739_s.gif

2020年8月10日

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(3)

IMG_5510.JPG

こんにちは。ローズガーデン自然生活です。

私の家には風鈴がありませんが、クーラーの前に、アメリカのセドナで買ったウインドチャイムを下げています。
ウィンドチャイムの鐘の音が、風鈴の代わりです。
不思議なことにウィンドチャイムは、何か幸せなことあるときれいな音色で響きだします。部屋の中でのお気に入りアイテムの一つです。


さて引き続き、ギャーナヨーガ(知性のヨーガ)を読み進めて参ります。今回は自己犠牲について説かれています。

名著に学ぶ『ギャーナ・ヨーガ 』(3)
第1章 人間の本性

(P.40)
四つ葉...もっとも無情なハートも、ときどき他の生きものへの同情を感じます。この見せかけの個人性は実は妄想である、この見えているだけの個人性にしがみつくのはいやしいことである、などときかされるとおそれる人、まさにその人がみなさんに、極度の自己犠牲がすべての道徳の中心である、と言うでしょう。では何が完全な自己犠牲なのですか。


四つ葉...それはこの目に見えている自己の放棄、すべての利己性の放棄のことです。この「私に」と「私の」という観念、すなわちアハンカーラとママターは過去の迷信の結果であって、このいまの自己が消えてしまえばしまうほど、真の自己がはっきりとあらわれてきます。これがほんとうの自己放棄、すべての道徳上の教えの中心であり、根底であり、要点なのであります。そして、人がそれを知る知らぬにはかかわらず、全世界は大なり小なりそれを実践しつつ、ゆっくりとそれにむかってすすんでいます。


四つ葉...ただ、人類の大多数は、それを無意識のうちにおこなっています。彼らにそれを、意識しておこなわせよ。この、「私に」と「私の」は、真の自己ではなく、一つの限定にすぎないのだ、ということを知りつつ、犠牲をささげるがよい。しかし背後にある、かの無限の実在の片鱗――すべてである、かの無限の火の一つの火花がつまり、そこにあらわれている人なのです。無限者が彼の本性なのです。

**************************************

自己犠牲についての説明がありましたが、果たして自己犠牲というのは不幸で苦悩なことなのでしょうか。ここで説かれている自己犠牲はキリスト教の自己犠牲と少し違うように思います。
真の自己犠牲は、真の自己が現れる過程と言えるでしょう。
感覚の中に本当の幸福はあり得ず、ただしい霊の知識によって導かれるのだと言えるでしょう。
☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
🍀「ラーラ・ジャパン🍀
日浦祐次先生の公式ブログ

☆、。・:*:・゜`★.。・:*:・♪☆、。・:*:・゜`★

★ローズガーデン自然生活のTwitterがあります。時事問題などもつぶやいております。
@yuu_oda

天国のようなハワイのホノルルの風景
IMG_6107.JPG