2024年4月 4日

原初の精神 -アフリカ史- リビア[4]カダフィ大佐 遊牧民を誇りとして


flag.jpgのサムネール画像原初の精神  -アフリカ史- リビア[4] 
カダフィ大佐 遊牧民を誇りとして

Primordial Spirit
- Modern and contemporary African history - Libya [4] Gaddafi, proud of being a nomad

カッザーフィーが政権を取ってからのリビアの社会福祉政策は驚くべきものがあります。
国民のすべての不幸が解消されているかのような、大変ありがたい政治であります。



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<社会福祉政策> 

1.電気代全国民無料 
2.融資には金利がなく、リビアの銀行は国営で、全国民に対して与えられる融資は、法律で金利ゼロ・パーセント。 
3.リビアでは住宅を所有することが人権と見なされている。 
4.リビアでは全ての新婚夫婦が、新家族の門出を支援するため、最初のアパート購入用に、政府から60,000ディナール(50,000ドル)を受け取る。
  →結婚した夫婦には約500万円を支給
5.リビアでは教育と医療は無償。カダフィ以前、識字率はわずか25パーセントだった。現在、識字率は83パーセント。 
6.リビア人が農業の仕事につきたい場合には、農園を始めるための、農地、家、器具、種、家畜が、全て無料で与えられる。 
7.リビア人が必要な教育あるいは医療施設を見いだせない場合、政府が外国に行くための資金を支払い、さらには実費のみならず、住宅費と自動車の経費として2,300ドル/月、支払われる。 
8.リビア人が自動車を購入すると政府が価格の50パーセントの補助金を出す。 
9.リビアの石油価格は、リッターあたり、0.14ドル。 
10.リビアに対外債務は無く、資産は1500億ドルにのぼるが、現在世界的に凍結されている。 
11.リビア人が、卒業後就職できない場合は、本人が雇用されているかのごとく、特定職業の平均給与を、職が見つかるまで国が支払う。 
12.リビア石油のあらゆる売上の一部がリビア全国民の銀行口座に直接振り込まれていた。 
13.子供を生んだ母親は、5,000ドル支払われる。 
   →子供を産むと母親に約50万円支給。
14.リビアでは、パン40斤が0.15ドル。 (10円程度)
15.リビア人の25パーセントが大学の学位を持っている。 
16.カダフィは、この砂漠国家のどこででも自由に水が得られるようにするため、大人工河川計画として知られる世界最大の灌漑プロジェクトを遂行した。
17.ガソリン代は1リットル約10円
18.医療費無料
19.男女平等差別禁止
20.リビアでは「家を持つことが人権」とさている。


まさしく天国リビアです。この政策のどこが暴君なのでしょうか?

このような政策ができる理由は、石油の売り上げの一部を国民に還元しているからです。リビアは石油の埋蔵量はアフリカ最大であり、
それでいて人口が少ないので、一人当たりのGDPはアフリカの上位クラスだったそうです。
「資源の呪い」と言われて外国に資源を吸い取られるだけで国民に何も還元しない他のアフリカ諸国とは大違いです。
しかもこうしたリビアの大改革をIMFや世銀などの国際的サラ金機関からは金を一切借りず経済成長を成し遂げているのです。


■「石油は産油会社のものでなく、産油国のものである」

・騙されていたリビア

王政時代から、リビアの原油は「ワックス(蝋分)が含まれているから」として、1バーレルあたり5セントの値引きをしたり、リビアのコフラ地区灌漑事業を進める条件に、5%を税金で払うというリビア国王に押し付けていました。そうした不当な方法でリビアを騙していたのが、「メジャー」と呼ばれる欧米の大手石油会社(モービル、エッソ、テキサソ、オキシデンタル石油など)である。
リビア原油は、硫黄分の少ない世界有数の良質油とされているが、メジャーはこの点については一切無視していたようです。

リビア革命後に、カッザーフィーの革命政権は「ワックス分の値引き解除」「低硫黄分の加算」など5項目を要求し、リビア原油価格の値上げを要求します。
世にいう「石油戦争」の始まりです。

石油戦争カダフィのいう「新しい論理」、つまり「石油は産油会社のものでなく、産油国のものである」という論理は、国連第二十五回総会で「天然資源に対する主権は国家の領土主権の一部である」という決議を導きだしました。そして4月2日、メジャーはリビア政府の要求を飲んで、石油値上げに同意したのでした。

リビア革命政権が世界史のうえでも注目される理由は、実にこの点にある。リビアの革命的論理"に基づく石油値上げ交渉の勝利は、世界の石油の流れを、メジャー主導型から産油国主導型に変えたのである。

石油戦争の結果、リビアの原油価格は2倍になりました。このリビアの勝利が産油国を勇気づけ、脱メジャー支配の先駆けとなったのでした。
「12.リビア石油のあらゆる売上の一部がリビア全国民の銀行口座に直接振り込まれていた。」
先のカッザーフィーの政策の一つである12番は、こうした石油戦争によりもたらされたといえます。

ダイヤモンドが大量に採れても、アフリカの人は貧困のどん底から解放されない搾取の仕組みは、ダイヤモンドの利益が国民に還元されず外国資本企業の懐に入るからです。カッザーフィーは他のアラブ石油産出国や中国共産党と異なり、石油で得た利益を国民に分配していたのでした。


■独裁者ではなく、民主主義者

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それに独裁といってもその国家運営は次のように、国民が直接参画できる民主的ものだったのです。

欧米マスコミが"カダフィの軍事独裁制"と表現するリビアは、実際は世界で最も民主的な国家でした。
カダフィの独特な直接民主主義の下で、伝統的な政府機構は解散され、廃絶され、権力は様々な委員会や議会を通して、直接国民のものだった。
リビアは非常に分権的であり"ミニ自治州"が存在し、各自の地域支配し、石油収入や予算資金をいかに配分するかを含め、様々な決定をすることができたそうです。
(リビア民主主義の三つの主要な組織は、基礎人民会議と、県地区人民会議と、全国人民会議である)


■「ジャマーヒーリーヤ」について

引用<アフリカ日本協議会 -Africa Japan Forum->(http://www.arsvi.com/i/2lby201106.htm)HPより

「やがてカッザーフィーは極めて特異な政治思想を掲げるようになる。
彼は著書『緑の書』の中で、代議制民主主義、政党政治、階級独裁のすべてを特定の「代表」や集団による独裁であるとして否定、多数決原理すらも「少数者に対する独裁の強要」としてしりぞけた。そして最底辺の基礎人民会議から全国人民会議に至る人民会議を組織し、全人民が基礎人民会議に参加して合議・合意により政治的意思決定を行う「人民直接民主制」によってのみ、真の民主主義が実現されると主張したのである

人民会議の設立は1977年の「人民権力確立宣言」以降本格化され、国名も「社会主義人民リビア・アラブ・ジャマーヒーリーヤ」に改称された。「ジャマーヒーリーヤ」とは「大衆の共同体」を意味するカッザーフィーの造語である。1979年にはカッザーフィーがすべての公職を辞任、リビアは彼の観念によれば、「国家元首も首相、政府も存在しない」世界でただ一つ真の民主主義が実現された理想社会となったのである。」

http://www.arsvi.com/i/2lby201106.htm


■カッザーフィーが亡くなる(2011年リビア内戦)

隣国チュニジアのジャスミン革命の影響を受け、2011年2月、カッザーフィーの退陣を求める欧州の影響を受けた大規模な反政府デモが発生する。
国民に対し徹底抗戦を呼びかけたが欧米を中心とした軍事介入と反カッザーフィー派の蜂起を招き2011年8月24日までにカッザーフィーは自身の居住区から撤退する。反政府勢力により首都全土が制圧され政権は事実上崩壊します。

10月20日午前8時国民評議会がカダフィ勢力最後の拠点となったスルトに攻撃を開始。戦闘は約1時間半で終了し制圧される。その際2か月間スルトに潜伏していたカダフィ大佐は南アフリカ人などで構成された護衛が乗った数十台の車列を組み逃亡を試みますが、フランス空軍とアメリカ空軍の空爆を受けます。車列を離れたが反カダフィ勢力により身柄を拘束。その後暴行された怪我が元で亡くなったそうです。

2024年4月 1日

仙台出張とゴージャス美術館ホテル


仙台出張とゴージャス美術館ホテル

仕事で東北の仙台に出張があり、3月は平日はほぼ仙台に滞在しました。

この1か月いろいろな気づきがあり、とても面白かったので、皆さんにもご報告したいと思います。

(気楽にお付き合いください~)


◆仙台ってホントに便利な街

東京から東北新幹線で2時間。

郡山、福島、白石蔵王を経て仙台に着く。

仙台の青葉通りは晴れていると街が明るく、景色がとても綺麗でした。

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しかしながら、3月の仙台はとても寒く、よく雪が降り道路は真っ白になる。

私は生まれが東京、育ちが岩手県盛岡市だが、久ぶりの東北のピリッとした寒さに、思わず懐かしい気持ちがこみ上げる。

東北のかじかむ寒さは、幼い頃よく体験したものだ。

それにしても雪がよく降る。3月末に大雪となり足元が滑って歩くのが大変。

仙台名物は牛タンだが、私も3回食べました。名物だけあってとても美味しい。

これが好きになった牛タン広告 ↓

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青葉城城跡に早朝散歩し、伊達政宗像にご挨拶ができた。
幼名梵天丸といい、片目の将軍だったなんてかっこいいですね。

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何日か滞在して、思ったことは、
「必要なものがすぐ手に入る」
「街並みや区画が碁盤の目で、地理が分かりやすい」

街の中心にはサブナードがあり、大抵のものはこの通りで買える。
効率が良いというか、いろいろと便利な街だ。

仙台七夕祭りで使う神輿だろうか??
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◆メンタルとフィジカルのバランス、中和作用

ホテルの朝食では、時折朝食ビュッフェで栄養をシッカリ取ることができた。
しかも地獄のような自宅の自分の部屋の寒さと真逆で、暑すぎるホテルの部屋。
まじめにエアコンが暑すぎて、暑すぎて死んでしまう。

ちゃんと栄養をとった日々(笑)
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いつもの粗食と逆のような暮らしでしたから、メンタルのバランスが取れたように思う。
千葉に帰ったら、冷たい風しか出ないエアコンを、早く買い替えよう。。

時々いつもの生活と逆のパターンを味わうことは、中和作用が起きるので、とても大事だ。


◆塩素除去の気付き

こちらに滞在して、いつもヒビと赤ぎれでぱっくり割れた指先が、それほど荒れないことが分かった。

びっくりして「何故だろうか」、と考えてみたら、どうも水道の塩素らしい。

ホテルの水って、塩素除去がされているのか肌に優しい軟水のような気がする。

そりゃ、いろいろなお客様がいるのだから、綺麗なろ過した水を使うだろう。

活性炭 備長炭って塩素除去によいらしい。仙台のつけ麺屋さんでも、備長炭入りの水を飲めるようにしていました。

早速、自宅の水道水のシャワーヘッドと、備長炭入りの蛇口に付ける整水器フィルターを買いました。

軟膏で治らない赤切れやヒビが、塩素の影響があるなんて。。。

普段の生活と正反対の暮らしをするからこそ、様々な気づきがあり、メンタルとフィジカルのバランスをとることができたのだ。

それにしても雪がよく降る。仙台は東京に比べてほんとに寒い。


◆驚愕の情報 マサイ族の視力は8.0

ホテルでアフリカケニアを旅行した人のyoutube 動画を見ました。
この人はケニアのナイロビを、怖がりながら旅行し、サファリではライオンに会いたがっていました。
ホテルからほんの数十メートル離れた所の移動も、タクシーを使うのだから相当怖がりというか、
慎重というか。

内心、「男でこのぐらい怖がりならどこにも行けないのではないか」、と思いましたが、この人も自分の正反対の側面を持つ人なので、大変学びになりました。
アフリカでは、移動は車だよね。。

因みに、サファリのガイドのマサイ族の視力は、8.0だそうです。
はるか遠くの動物の姿が見えるそう。
8.0なんて羨ましい限りです。

「よーし、反省し、スマホは見ないっ」

あと出張中、ロシアのプーチン大統領が、無事再選されて、とっても嬉しかったです!!


◆ウィンドウショッピング、ぼーっと過ごす

みぞれのような雪が舞う中、アーケード街や駅周辺を
ウィンドウショッピング。
まあまあかな、、、
寒くて何も出来ないし、行動力が鈍る。

嗚呼(ああ)、
お昼はスタ丼になってしまった、、、

寒さとみぞれの中、濡れながらうずくまる鳩たち。

なんで屋根のある所に行かないの!?

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思わずパン🍞を2袋買って、撒きまくった。
そしたら大量の鳩が来るわ来るわ、50羽くらい集まったかな。
パンの奪い合いで、鳩たちはもみくちゃになり、大変なことになった。


東京に帰る日、この辺に再度来たら、鳩たちはのんびり日向ぼっこしていました。


◆まるで美術館、ゴージャスホテル

なんとなくボーっとした仙台滞在のようですが、最後に泊まったホテルが衝撃的でした。

まるで美術館!?
ロココ様式家具が沢山

こちらの宮殿ホテルは
別名、「東北の美術館ホテル」といって、創業89年だそうです。

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秋篠宮ご夫妻や中国の江沢民前国家主席や、皇室の方や著名人が泊まりに来ているらしい。
しかも結婚式会場や宴会場が幾つもあり超ゴージャス。

骨董品や絵画、人形などはまるで皇帝のコレクション。
ギリシャ、ヨーロッパ、ローマ、中国、インド、世界中のお宝をが飾ってある。

一階ロビーは、トナカイやシマウマなど動物の剥製が飾ってあり怖かった。

ギリシャやローマ兵士や女神像が何十体も。。。
さすがにロビーは残酷で、趣味が悪いんじゃないの?

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夜中にこのロビーを歩いたら、いきなり銅像の目が光ったり、ポルターガイストが起きたりして、めっちゃ怖いだろうな。。。

まあ、2階の大広間にあるロココ調高級ソファや絵画がふんたんにあり、特にシャンデリアは美しい。美術館に来たみたいで、さすが歴史のあるグランドホテルだ。

しかも大宴会場がいくつもあり、西洋の絵画や骨董品も沢山飾っていました。こちらのホテルのオーナーは相当金持ちなのでしょう。

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その割には、サービス価格で素泊まり一泊6300円ー8000円くらいでした。

それから、部屋の目覚まし時計から電気ケトル、シャワー、ソファまで何もかも昭和の時代?テイスト。レトロな雰囲気の写真を撮れなかったのが残念です。

絨毯も古い、でも味わいがある。

いろんな家具類が、落ち着いたレトロ風で、アンティーク調でした。

アンティークが好きな人は満足できるはず!さすが創業89年ですね。


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◆高級で古いものを長く使うことも大事

何十年も、同じ絨毯や椅子や、調度品を大事に使い、使えば使う程味わいが出てくる暮らしも良いかもしれませんね❣️

最上階の中華飯店は諦めたけど、久しぶりに面白いホテルを楽しんでしまいました!

楽しい思い出、本当にありがとうございました。