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2022年9月 1日

原初の精神 -アフリカ近代史・現代史- ウガンダ[1]ニコラスおめでとう

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原初の精神  -アフリカ近代史・現代史- ウガンダ[1]  ニコラスおめでとう

Primordial spirit
- African modern history / present history - Uganda[1] 

今月よりウガンダ時事ニュースをとして、歴史とは少し離れますがウガンダの人道的活躍と悪法の改正と和平に貢献した勇敢な弁護士を紹介します。

ニコラス・オピヨ弁護士(Nicholas Opiyo)はウガンダの人権派弁護士です。

「人権擁護家の仕事は、医師、看護師、農民、消防士の仕事と同じくらい重要です。
医者と消防士がいなければ、私たちは持っているものを失う可能性があります。
私たちの生活、私たちの家、そして人権擁護家がいなければ、私たちは自分たちが何であるかを失います。」(2021年12月6日彼のオランダのヒューマン・ライツ・チューリップ賞の受賞式での外務大臣によるスピーチ)

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ヒューマン・ライツ・チューリップ (Human Rights Tulip) は、世界中で人権を擁護し保護する活動を行う人権擁護者を支援するために、オランダ政府が毎年授与している賞です。
2021年はニコラス・オピヨ氏がヒューマン・ライツ・チューリップ受賞者に選ばれました。

ウガンダの公民権と政治的自由、特に選挙法、集会の自由の制限、言論の自由と報道の自由、市民権獲得のために戦い続けました。
そしてウガンダにおいて拷問を犯罪とみなす違法化、また反同性愛法への異議申し立てを成功させました。
弁護士という立場で暴力に晒されている犯罪者と同性愛者に法的に擁護したのです。

2017年にドイツアフリカ賞を受賞
2015年にヒューマンライツウォッチと欧州連合議会から 'Voices for Justice Award'を受賞
2016年のサハロフフェロー賞
2015年にアリソンデフォルジュ賞を受賞

彼はチューリップ賞含めて6つ受賞したことになります。
オピヨ氏は、憲法に関するハイレベルな申し立てをいくつか成功させているそうです。その1つが悪名高い2013年の反同性愛法で、同法は2014年8月に無効が宣言されました。
抑圧的な政権の支配下で、全ウガンダ国民の人権を擁護する活動にゆるぎない献身を続けるニコラス・オピヨ弁護士の実績は賞賛すべきものです。

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彼の国の背景について簡単に説明しますと、ヨウェリ・カグタ ムセベニ現ウガンダ大統領と、反政府勢力グループの1つである、軍閥ジョセフ・コニーが率いる「神の抵抗軍」との間で市民を巻き込む衝突があり、抑圧的な政治が続いています。

オピヨ氏の立場は中立でどちらが正しいという見解ではありません。軍閥ジョセフ・コニーが率いる「神の抵抗軍」 (LRA)は、聖書と十戒に基づく神政政権の樹立を掲げ、少年兵を使ったゲリラ闘争で暴力性が強く、一方でムセベニ大統領側も権力志向で残忍だといわれています。

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【Wikipedia より】 
ヨウェリ・ムセベニ - Wikipedia (現ウガンダ大統領 Yoweri Kaguta Museveni)

「ムセベニの部下が最初に来たとき、彼らは非常によく行動しました。私たちは彼らを歓迎しました。しかし、その後、彼らは人々を逮捕し、殺し始めました」とある村人は言いました。」

1989年3月、アムネスティインターナショナルは、ウガンダに関する人権報告書「ウガンダ、人権記録1986-1989」を発表しました。それは、NRA軍によって犯された重大な人権侵害を文書化した。戦争の最も激しい段階の1つである、1988年10月から12月の間に、原子力規制委員会はグルという町とその周辺の自宅から約10万人を強制的に排除した。兵士たちは、人々を強制的に動かし、家や穀倉を焼き払ったため、何百もの超法規的に殺害したとされる。

一方で政治専門家はムセベニ氏を「アフリカのビスマルク」と呼んでおり、かつてはタンザニアで大学講師を務めるなどインテリであり、国家的な女性差別是正措置計画でも賞賛されている。彼は約10年間副大統領に女性のスペシオーザ・カジブウェを据えるなど、女性の大学進学に貢献したとされる。

【Wikipedia より】

ジョゼフ・コニー (Joseph Kony, 1962年 - ) はウガンダの反政府勢力神の抵抗軍 (LRA) の指導者。霊媒であると主張し、聖書と十戒に基づく神政政権の樹立を掲げ、ウガンダ北部を中心として1987年以降残虐行為を伴い、また少年兵を使ってゲリラ闘争を続けている。